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AIが小説を書いた?

AIの書いた小説が、星新一賞の一次審査を通過した———— そんなニュースが、去年の3月に話題になった。

それを聞いて思い浮かべたのは、AIが自分の意志で、《創作意欲》を持って、人間が書いているかのように物語を書いている光景である。

だが、そんなことが果たして可能なんだろうか? いくらAIがめざましく進歩している昨今でも、「創作」はまだ無理なんじゃないか……?

そう、そんなことはありえないのだ。少なくとも、今のところは。 これはそもそも、ニュースが間違っていたのだ。

『コンピュータが小説を書く日』は、そんな世間の誤解を正すために、さらには、《人工知能》そのものに対する世間の幻想を解くために書かれている。 本書の著者は、名古屋大学の佐藤理史教授。彼こそ、星新一賞応募作品の制作を主導した人物である。

そもそもAIではない

副題に「AI作家に「賞」は取れるか」と付けられているが、あとがきにも書かれている通り、これは編集部が付けたものであり、著者の佐藤教授は、自分たちが作成したシステムを「人工知能」と呼んだことはないと断っている。

我々は今回作成したシステムを、人工知能と呼んだことは一度もありません。〔…〕「人工知能」という用語は研究分野を表す用語だと思っていますし、「知能」はモノではないので、コンピュータ・プログラム(システム)を指す用語として不適切です。製作者にとって、それは、単なるプログラムであり、それ以外の何ものでもありません。

pp.208-209

とはいえ、世間はそんな認識など持ち合わせておらず、〈人工知能=得体の知れないすごいもの〉であり、新聞の見出しも、「◯◯するプログラムを開発」より「◯◯する人工知能が誕生」のほうがセンセーショナルで受けるのだ。佐藤教授は、そんなメディアの現状に対して、批判的に述べている。

新聞などで報道される「AIシステム」発表の半分以上は、単なるコンピュータ化(自動化)に思えてなりません。ちょっと気の利いたコンピュータ化は、すべてAIと呼ぶことにしているようにも見えます。

p.179

では、佐藤教授率いるチームの研究の実態とは、どのようなものだったのだろうか? チームの作ったものが、〈自分の創作意欲で小説を書く人工知能〉ではなく、〈自動で小説を生成するプログラム〉であるならば、それはどのようなものなのだろうか?

コンピュータは普通の文章すら書けない

佐藤教授のチームが一貫して追い求めているのは、「どうすれば、一段落以上の意味の通る日本語の文章を機械的に作れるか。」(p.8)という問題である。 確かに、Siriをはじめとして、自動で文章を生成するプログラムは存在している。しかし、できるのはせいぜい一文か二文程度であり、現在のコンピュータ・プログラムでは、一段落以上の文章を生成することは難しいのである。 この問題を解くためにチームが最初に試みたのは、〈星新一のショートショートを、細かく切って組み替える〉というものである。

とはいえ、文章を切ってつなぎ合わせる作業をプログラムに自動的にやらせても、小説どころか、そもそもまともな日本語にならない。シュルレアリスティックな詩句くらいにはなることもあるが、ごくふつうに意味の通じる文章にするには、プログラムが自動的に分節化したパーツのうち、どの部分とどの部分を入れ替えるかを人間が決めるしかないのである。

結局、最初の試みから得られた結論は、〈組み替えではうまくいかない〉というものである。

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プロップの物語構造論と「起承転結」を一緒にしてはいけない

そんな結論を踏まえた次の一手が、〈物語構造への着目〉である。

1. いつ(時間の記述) 2. どこで(場所の記述) 3. だれが(登場人物の導入)

 これは、物語によく見られる構造(型)です。〔…〕 以上のことから推察されることは、「小説にはある種の典型的な構造(型)があるのではないか」ということです。ウラジミール・プロップを引用するまでもなく、日本語にも、「起承転結」や「序破急」といった言葉があります。おそらく、それなりの長さの文章は、その背後に構造がないと「もたない(一貫性のある文章として成立しない)」のだと思います。

pp.43-44

〈物語にもある種の構造がある〉ということへの着目は適切だと思う。神話や民話の構造分析は、ウラジミール・プロップやジョゼフ・キャンベルをはじめとしてごまんとある。さらに、ハリウッドの「ヒーローズ・ジャーニー」理論のように、物語の構造化は創作の技法としても実際に活かされている。

しかし、プロップの物語構造論と、「起承転結」や「序破急」を同じレイヤーで語ってしまっているところに、この研究の限界がある。

「起承転結」はもともと漢詩の技法であり、「序破急」は雅楽の曲構成を意味する。そもそも、物語を書くためのものではないわけだ。それに、文章構成法として見た場合にも、何をどう書けばよいのか、ほとんど定義されていないに等しく、使い物にならない。

それに対して、プロップの分析は、ロシアに伝わる魔法昔話に共通する物語の構造を見出し、それを31個の構成要素に分節したものである。彼は、各場面の機能(その場面において、どのような属性の登場人物が、どのような出来事に遭遇するか/どのような行動を起こすか)を類型化し、それぞれの場面の継起関係まで定義している。「起承転結」のようなざっくりした四分割とは訳が違う。

したがって、物語構造についての理解が「起承転結」程度で止まってしまうと、せっかくの着目も、物語の自動生成にはあまり活きてこないだろう。

(ちなみに、プロップの物語論に則ったストーリー自動生成を試みる研究があるようだ。藤原 朱里・小方 孝「民話の構造分析を利用した「プロップに基づくストーリーコンテンツグラマー」の一般化と拡張」

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細かい指摘はさておき、実際に佐藤教授のチームが試みたのは、〈人間の手であらかじめ物語の構造・雛型を作っておき、その穴埋めをコンピュータに行わせる〉というものだ。 といっても、勝手に膨大な日本語のなかからコンピュータが適切に選んで穴埋めをするのではなく、あくまで、人間の手で条件分岐を作っておき、与えられたパラメータに対して、決まった文章を出力するような仕組みである。たとえば、天気について、「暑い」「寒い」といった分岐を作っておくと、それに応じた文章「汗ばむ陽気で、Yシャツの袖をまくり上げながら……」「風が冷たく、コートを着込んで……」を出力するようなプログラムだ。 こうしてひたすらパラメータや条件分岐を決めまくって作られたのが、星新一賞応募作品「コンピュータが小説を書く日」である。

AIの進化ではなく、人間の進化

本書では、どんなプログラムをどのように組んでいったかが詳しく説明されており、ここではほんの触りだけの紹介にとどまってしまったが、それでも、「コンピュータが小説を書く日」というショートショートが作られる過程が、冒頭で書いたAI作家のイメージ——AIが自分の意志で、《創作意欲》を持って、人間が書いているかのように物語を書いている光景——からはかけ離れたものであることは伝わっただろう。 〈コンピュータ・プログラムによって自動で文章を生成する〉といっても、人間の手による膨大な作業があって初めて可能なのであり、できあがったものにしても、わざわざコンピュータを介さなくても作れる(それどころか、人力だけのほうがはるかに簡単に作れる)レベルのものである。 だが、そんなことは当事者である佐藤教授が一番よくわかっていることであり、周囲の人々がAI作家や人工知能一般について勝手に誤解し、幻想を抱いているだけにすぎない。そして、人々はAIの実態をよくわかっていないために、AIが人間の知能を凌駕してしまうだのなんだのと不安になっているだけなのだ。それに対して、佐藤教授は次のように書いている。

「コンピュータが◯◯できた」とか「◯◯することができるコンピュータ」というのは、結局のところ擬人的な表現でしかなく、本来の意味は、「◯◯のためのアルゴリズムがわかった」です。賢くなったのは人類であり、機械ではありません。

p.160

したがって、「コンピュータが小説を書く」というのは比喩にすぎず、正しくは「小説を書くためのアルゴリズムがわかった」ということなのである。しかも、現状では、「小説を書くためのアルゴリズムがわかった」とは到底言えないし、佐藤教授らが今回組んだアルゴリズムの場合、そのクオリティは、雛型となる物語を書く人の小説家スキルで決まってしまう。

したがって、本書の副題となっている「AI作家に「賞」は取れるか」という問いに対する佐藤教授の答えは、次のようなものにならざるを得ない。

「AI作家に『賞』は取れるか」は、「『賞』を取るような小説を生成するコンピュータ・プログラムを作れるか」と言い直します。

「賞」をとれるような小説を書ける人がプログラムを作れば(あるいは、システム作りに参加すれば)、可能でしょう。

上記の答えは陳腐でつまらないとは思いますが、現時点では、これが冷静な評価だと思います。

pp. 208-9

確かに、「陳腐でつまらない」答えだ。だが、クロスリバで物語解析エンジンのアルゴリズム設計に携わっている身としては、この答えは非常に納得のいくものであるし、だからこそ自分たちは、「AI研究は理系のもの」といった思い込みは捨てて、文理融合を積極的に進めようとしている。

と、結局クロスリバの宣伝で締めくくられる『コンピュータが小説を書く日』の書評でした。

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