古事記を読めば日本人の創作の根源がわかる

近年、無限ループや異世界転生物が流行っていますが、
それは、この世が無限ループの監獄であることに、人類が気がついたからである。なんて、思っていたこともありました。しかしそれは、単純に日本が仏教がベースに作られていて、輪廻の概念が他の国よりも強いから、ということが挙げられると思います。

また、近年は多元宇宙論も理論物理学の世界でもてはやされていることもあり、輪廻とは同じ世界で生まれ変わるから違う世界で生き続けるに変わりつつあると思います。つまり、手塚治虫的な世界観(=火の鳥)から開放され、ダンバイン的世界観が主軸になってきているということかなと思います。

ちなみに、異世界に転生するとそこには美少女が助けてくれるとか、そろそろ止めませんか、止めませんね。誰も見なくなります。これはなぜか?と思っていたらです。古事記に書いてありました。

天孫降臨の際に、ニニギノミコトがコノハナサクヤヒメを見初めるわけですが、その際、超絶醜いサクヤの姉であるイワナガヒメもセットで父親であるオオヤマツミから押し付けられます。

これでは、抱き合わせ販売である。(失礼)

消費者庁から訴えられかねない。(そんなものは大和朝廷時代にはない)

あまりのブサイクさにニニギノミコトが丁重に差し戻すのですが、オオヤマツミも言い訳として、頑丈なイワナガヒメに子供を産ませれば、末永い繁栄が出来、妹は美人だから華やかな繁栄が約束されるから2度美味しいよ!だからもらってくれよと言うわけです。後付で。

これは憶測ですがニニギもバカじゃないからいやいや、それは行かず後家だからこの際押し付けたんでしょ・・・と察しって、丁寧に押し返すわけです。(たぶん)

つまり、何がいいたいかというと、西暦600年ぐらいに編纂された物語ですら、美人じゃないとストーリーはその後進行しないということを明確にしているというわけです。みにくいアヒルの子は別に人間から見て醜いわけじゃないから話は進むわけですが、イワナガヒメはその後美人にチェンジできる要素も皆無なので、どうしようもなかったわけです。

そういうわけで、ハウルの動く城はそういう意味でもチャレンジブルで、エポックメイキングな作品です。しかし、ソフィがブサイクかというと、単純に老婆なだけで、たまに少女に戻るときはきれいなので問題ないわけです。

ですから、イワナガヒメもどこかにシェイプシフター(=変化するもの)になれる要素があればよかったんですが、ブスのまま設定されてほんと可愛そうです。私だったらこのあと救済イベント作りますけどね・・・

ジャングルの王者ターちゃんの嫁ヂェーンも、ジャンプで最もブサイクなヒロインであることは間違いないのですが、彼女は元プレイメイトですのでめっちゃ美人です。つまりポテンシャルがある。これはソフィとの共通事項です。

ハウルもソフィの容姿が沼地の魔女だったら、心根がとてもきれいだとしても愛したでしょうか?たぶん無理でしょうね。

そして、イワナガヒメは性格もブスでニニギを呪ってしまいます。気持ちもわからなくもありませんが、しかし、そこは妹の結婚を祝福する展開ですよ。

だからこそ、イワナガヒメには自信をつけてもらいたいと思います。

近年のソーシャルゲームでは相当美人に描かれることも多いのですが、そこは覚醒付きにして設定しないと神話と矛盾します。

例えば、映画 「柳生一族の陰謀」超絶美形 松方弘樹をどもりのある顔に大きな字がある醜い家光と設定したわけですが、そういう感じの設定で仮面やベールを被せて、新たな神話を付け加え、そのクエスト達成により美しい容姿を手に入れるという内容じゃないと、ありがたみも無いと思います。

さて、話を戻すと1400年も前から美人じゃないと納得しないという話になっていますし、日本人の美=桜の花びらのようなさわやかでふんわりとしたガーリーな女子という設定だということもわかりますし、富士山=サクヤでもあり、凛とした佇まいもその一つのようです。逆に岩のような屈強なゴツゴツしたものは=剛であって美ではないとも読み取れます。可憐な女子に惹かれるとそういうわけです。

容姿の話さておき、ループや異世界系作品で助けてくれるのが美女であるというのは、現代作品の特色でも何でも無くて、日本人のメンタリティの問題ではないかと、そう思うのです。

これが、世界に現実的じゃないと受け入れられづらい要素かもしれません。何でもかんでも美人しか出てこない作品だと辛いと思うのです。人はたくさんのパーソナリティがあり、様々な要素から構成されそれぞれの人生を生きています。ですから、たまにはそういう作品があってもいいと思うんです。

1000年に一度の美女に鼻ほじさせるのもよいのですが、もっと等身大の女性をヒロインに持ってきてもいいのではないかと、そう思います。

キャラクターグッズ全く売れないと思いますが・・・

そういう意味だと、「響」は良かったです。美少女という設定ではないので普通の文学系女子が超天才だったという設定で、性格は破綻しており、攻撃的で暴力的で直情的で常識知らずという感じです。

ただ、実写映画でも漫画に登場する吉野桔梗が出てこないのは、その容姿の問題でそれに対する評価がひどいから(原作を読めばわかるがかなり議論になると思われる)であると思われる。しかし、彼女がひびきの良き理解者であるのは間違いなく、重要人物であり、それを北川景子に全部任せる形になったのは、ちょっと詰め込み過ぎな気もしないが、バランスと考えると良いオミットではあると思います。

しかし、やはり先日なくなった樹木希林さんのように、演技力というかナチュラルなおばあさんというポジションは美女では演じきれないわけです。普通にそこにいそうなおばあさん、普通にそこにいそうな女性、男性、子供、そういった実写では当たり前の表現を男性はしっかりと出来ているのに、女性に関しては出来ていないのは、ちょっとある意味で蔑視的な要素があるのではないかと思います。

すべてが萌キャラである必要はなく、美形キャラは2体もいれば十分なのですが、そうならないのは怖いから、なんでしょうか。いいかげん、もっと現実と向き合う作風に戻って欲しいと思います。

(パトレイバー2の南雲さんとかホントリアルだと思うし)

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