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ドラゴンクエストⅢは偉大である

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最近になって、スクウェア・エニックスのドラゴンクエスト3のスマホゲーム(スーパーファミコンのリメイク)がリリースされた。心の底からやりたいのだが今は我慢している。何故、やりたいのかというと、一番初めに親に買ってもらったRPGだからだ。

私の原点である。

■冒険活劇が大好きだった

元々、冒険活劇が好きな私だ。小学校の頃は小説をよく読んでいた。何処の出版社かは不明だが、大人向けの西遊記が大好きだった。上下2段に分かれて印字された500p以上のボリュームだ。孫悟空の生まれの詳細から、西王母や太上老君に悪さをし、大日如来に封印されるまでを丁寧に書いている。三蔵法師との出会いの後は、細かい戦いの描写、人間味あふれる猪八戒と沙悟浄、芭蕉扇入手時の話も単純に牛魔王が悪い奴ではないという話だった。最後は絵本とは違い斉天大聖として神と認めてもらうという流れに心躍らせた。

また、何度も買い直したのは南総里見八犬伝である。衝撃の男の娘「犬塚信乃」が主人公だ。後から男に覚醒するあたりが滝沢馬琴である。その他にも知の珠を持つ犬坂毛野も美人すぎる男なので暗殺をしやすいために女装していた。

滝沢馬琴は時代を先取りしすぎである。

■SFにハマる

その次にSFにハマり始める。ハヤカワ文庫を読んでいたわけではなく、SF子ども図書館というシリーズを読んでいた。(SF子ども図書館
この中ではガーンズバックの「27世紀の発明王」という作品があり、火星人に彼女を火星に連れ去られてしまう。主人公は愛機カシオペア号で追いかけ、地球と火星の間で捕まえるが、彼女はすでに殺されてしまっていた。涙するも、自分で作った蘇生装置で復活させるストーリーだ。テレビ電話等を150年ぐらい前に書いている時代を先取りし過ぎのSFである。これが友達の中では一番人気がありました。

しかし、私が読んだ中では「ついらくした月」が一番好きであった。原題はホプキンスの手記というもので、月がある日墜落し大西洋を埋めてしまう。アメリカとヨーロッパが地続きになり、月に眠る資源の奪い合いにより、第一次世界大戦が発生する。書かれた当時の時代背景を考えると色々考えさせられる終わり方だ。この原著ではこの続きがあるそうだ。

このシリーズでは、あのキャプテン・フューチャーも第一作目だけ収められています。人間と脳だけの人間とアンドロイドとロボットの組み合わせが特徴的ですが、この脳だけのバイオコンピュータという設定が後の作品にも強く影響を与えている。古典を勉強しろとはよく言うが、そのとおりだ。この他にも、「恐怖の深海の宇宙生物」で眠れない夜を過ごしたこともある。ジュール・ベルヌの地底探検で、海底20000マイルとはまた違ったワクワク感を得られた。実は地底には巨大な空洞があり溶岩が流れ、恐竜がいて、白亜紀の地球がそのまま表現されている。もう一つ「恐竜の世界」と勘違いしているかもしれないが、ドラえもんの「のび太と竜の騎士団」と同じコンセプトだ。きっとここから着想を得たのだろう。

もっとも恐怖したのは、パリ万博に展示するために、人間の首を切り首だけを生きながらえさせるという、合成人間ビルケである。途中人として生きたくなった女性が、他人の体と接続し、旅行をするのだが、やはり生きられないため、また戻ってくる。そして、最後にパリ万博に展示され、見学者はただの見世物だと錯覚し通り過ぎていく。そういう中でこの首だけの人が命を散らしていくという終わり方をする。この時、年間280冊程 図書館から借りて読んでいる。家で漫画も読んでいるので年間読書数は1.5倍ぐらいだ。

■偉大なドラゴンクエストⅢ

我が家ではファミコンが出来るのは土曜と日曜だけである。週休2日になるまでは土曜も、実家は自営業であり、実質日曜だけだった。そうなると進行速度がめちゃくちゃ遅くなる。友達との差は歴然だ。そんな中で買ってもらった、エニックス製FC版ドラゴンクエスト3である。ラスボスである大魔王ゾーマを倒すまでに4年掛かっている。ゾーマ直前までは1年ぐらいで到達したが、ゾーマをどうやっても倒せない。Lv50になっても勝てなかった。自動回復が付いているなどわからないからだ。中学生あがり、先輩からルカニが効くと教えてもらうことで、あっさりと倒す事に成功した。


このゲームはウィザードリィを下敷きに、仲間システムを再構築した作品だ。最初、王様から120Gほど投資され、それを元手に仲間を集め、装備を買い求め旅に出る。そこからはモンスターを倒しながら現地調達を繰り返えす。そもそも、目的だけ告げられる。魔王バラモスを倒し世界を平和にしろと。魔王バラモスの居場所がネクロゴンドである事も、海を超えなければいけない話もファミコン版では教えてはくれない。

甘えが無い仕様で、何処に行ったら良いかわからず、とりあえず町の人に聞き込む。そうやって一つ一つ目の前の課題を自分で考えクリアしながら、逞しくなり、最後には目標に到達するという流れ、失敗しても教会に戻され再度自分を強化し、再チャレンジを許す姿勢がまさに起業のような道のりというか人生そのものなのではないだろうか?

途中、アッサラームでぱふぱふ等の誘惑や、ピラミッドに侵入して宝箱を持ちだすとトラップが発動したり、何かを得るためにはリスクを負う必要がある、世の中甘い話はないということを教えてくれている。そして、逃げずに戦うことで強くなり、より先に進むことが出来る。

最大の特徴は転職システムだ。私は過去に一度だけ転職したわけだが、営業から技術者へという転身である。言わば戦士から魔法使いだ。私は周りに魔法戦士ですいうことがある。高度な術は使えないがある程度は使える。今はそこから更に一歩出て、勇者を演じる必要がある。今はまだ勇者のソロプレイでしかない。武器は素手しかなく、王様からの資金援助もない。周りには同じような勇者のソロプレイヤーが沢山いる。そういう意味ではMMORPGをやっているのに近いかもしれない。

■資金援助されるのは稀である

年間8万社の株式会社と1万社の合同会社、13万人の個人事業主が生まれ、そのうち初期投資されるのが1,000社と言われている。0.45%の非常に狭き門なわけであり、殆どが自己資金と借入金によって進んでいる。この状況はアメリカでも似たようなものだ。シリコンバレーのIT系企業の率は違うとは思うが、全体的にはウェルズ・ファーゴのような銀行から社長の個人保証を担保に借り入れたりするのは普通のようだ。

もちろん、そういうのは事業計画を立てやすい飲食であったりするわけだが、こういう所をよく理解しておかなければ、王様からの資金が無いということを嘆くことになる。別に嘆くことではなく、そうなったのは運や努力の結果である。いわゆるSeedラウンドと呼ばれるところに投資がされることはまだまだ少なく、物が出来てある程度の数字が上がってきた段階のアーリーステージでの投資のほうが日本では活発かと思う。

そこになると王様からの援助では既に無く、ベンチャーキャピタルからの投資という感じになる。組織体よるが、ある程度は数字を見せなければならない。従来だと売上や利益を中心としていた所が、独自のKPIを元に説明することで投資が以前よりはしやすくなったということである。

将来利益からの逆算になるため、VCのビジネスモデル上そこに張るかどうかという話になる。逆に売上と利益だけでしか判断できないと、既にマーケットを食い尽くしている場合があるため、機会損失が考えられる。いかに早く予兆を見出し、迅速に投資し、バリューを上げExitするかが鍵となるわけだ。もちろん、ジックリ構えた方が良い場合もある。

M&Aがメインならば迅速な動きが必要ですが、IPOさせる場合は待ったほうがより莫大な利益が得られる場合もある。長く保有するという事も考えらる。そこまで我慢できるのかと言うことになるが、一般的には長くは待てないため、そういう会社への投資はファイナルラウンドあたりからということになる。ファイナンス側に対して、どのラウンドでどういった投資が得意な会社なのかを、我々側も理解しておく必要がある、ということである。

■旅は続く

勇者たちは見事「魔法の玉」を入手しアリアハンからロマリアへ転送される。悪者カンダタを退治し、イシスへ向かい魔法の鍵を入手する。ポルトガで船が欲しいとポルトガ王に伝えるが、胡椒がないとダメだと拒否される。ここで理解できるのが実力を見せないと投資が受けられないということだ。

そこで、ノルドの洞窟へ向かいバハラタへ向かう。胡椒屋の彼女がカンダタに攫われたため助け行くことに。無事救出し、胡椒を入手後ポルトガで船を入手し世界の様々なところに旅にいけるようになる。現代において、時間的場所的格差は殆どなくなった。そうなるとこの船とは何だろうか?我々からするとクリティカルな情報であったり事業資金であったりする。この資金により世界の歪みのようなものを目の当たりにすることになる。

この資金を元に色々な拡大が出来るわけだ、チャンスを逃さず動かなければ最終目標に辿りつけない。では胡椒はなんなのだろうか。それは「プロダクト」や「サービス」だろう。それを見つけ出すか、創りだし、使ってもらうことで納得してもらう。信用を得る、そして対価として船を得た。アリアハンの王様がエンジェルだとしたら、ポルトガ王はアーリーステージの投資家、または大手顧客だったりするのだろう。

その後勇者たちは、世界に散らばるオーブを集める旅が始まりる。途中、転職のダーマ神殿があり、生贄を要求されるブラック村ジパングを救い、ブラックな王様が支配するサマンオサを開放したり、人助けに奔走する勇者一行。船を得てからの勇者達は人助けばかりだ。

魔王バラモスを倒すためには、ネクロゴンド行かなければならない。そのために、ガイアのつるぎ入手するためにオリビアの岬へと行かねばならない。その前に幽霊船に行き、死との向きあう瞬間が来る。ある目的のために、挫折した人たちの嘆きを受け止めなければいけない瞬間も来るということなのかもしれない。最も感じるのはテドンの村だ。近くにバラモス城があるため、虐殺され、夜だけ魂が復活するという設定がある。死屍累々の道を歩き続け生き続けねばいけないというわけだ。

■自分との戦い

不死鳥ラーミア復活のためにはオーブを集める必要がある。ブルーオーブを手に入れるため、ランシールという島国に行くことになる。そこには勇者一人で立ち向かわねばいけない洞窟がある。仲間に頼れないというイベントがあるあたり、勇者への責任感を感じる。

この洞窟の最下層には「引き返せ」と語りかけてくる仮面が並んでいる。覚悟を試す為にあるのだが、これも非常に、現状に似ているなと思う。止めたらと、いう人もいれば頑張れという人もいる。その中で止めたら、という人の方が圧倒的に多い。多数派の意見を取り入れれば個人としては楽になる。

しかし、目標には永遠に近づけない。目標に近づくためには困難に打ち勝つ必要がある。もっとも強大な敵は自分の中にいる怠ける自分、面倒臭がる自分、絶望する自分、寂しがる自分だ。結局は弱い自分に打ち勝たなければ先に進めない。このゲームが良く出来ているのは、一度クリアしないと勇者を外すことが出来ないというところにある。それぐらい勇者のコミットメントは大きいのである。

最深部に進むと晴れてブルーオーブを入手できる。やめてもいいという誘惑に打ち勝って先に進むと手に入る物があるということが重要だ。現実でも時が経つと面白いことに「面白い」と行ってくれる方が増えます。つまり宝物の話は最後まで行き着かないと手にはいらないということだ。

■試練を乗り越え次のステージへ

6つのオーブを集め終わると、レイアムランドに向かい、伝説の神鳥ラーミアを復活させる。これがないとバラモス城にも、竜の女王の城にも、アレフガルドにもいけない。これで、バラモス城に攻め込み、魔王バラモスを倒すわけだ。敵は非常に強く、慎重に歩まねばならない。

ちなみに、私が到達したのはLv35から40の間だった。従兄弟はLv26で倒したと言っていた。倒し方を知っていればそれぐらいでも倒せ、毎日やれる環境であればそうだろう。バラモスも自動回復がついている。また低確率ではあるもののラリホーやマホトーンが効きくため、フバーハを唱え「もえさかる炎」を防ぎ、バイキルトを戦士にかけながら、ベホマラーを唱えればまず間違いなく勝つ。私はボスには補助魔法が効かないという先入観から、補助魔法を使わず戦う。

何事も先入観でやってはいけないという事と事前の確認はありとあらゆることを行い万全の体制を組めば必ず攻略できるということだ。○○でなければならぬというのは真っ赤なウソであり、やってみれば意外とやれるものなのだ。ちなみに、この時の私は先入観で戦っておりまさに死闘だった。本当であればかなり余裕で倒せるはずなのだ。

■これで終わりではない

魔王バラモスは消滅し、故郷へようやく戻ることが出来る。見事大役を果たした勇者たちは王から褒められる。しかし、褒章はない。その直後、雷が城の兵士を襲いやられていく。魔王バラモスの背後にははるかに凌ぐ力を持つ大魔王ゾーマがいたのだ。大魔王ゾーマを倒しに行かなければ平和は訪れないため、ゾーマが巣食う別世界に挑むため、ギアガの大穴に向かう。

大魔王ゾーマは人の恐怖や憎しみが最大の好物である。負の力を吸収するために人を生かさず殺さずにしている。皆が想像するブラック企業の経営者だ。ゾーマ=憎魔という所が語源であろう。ギアがの大穴から暗闇に落ちていくと、次元の狭間から別世界に転送される。簡単に言うと日本で1番になったからといって世界で1番にはまだなってないことがわかる。ここからは終盤的な怒涛の展開が繰り広げられる。ドラクエⅠをやった人間には感動シーンが沢山ある。精霊ルビスが初めてビジュアル化された瞬間でもある。敵の強さも元の世界より数段強くなる。大体ドラクエⅠの通りに進めていくと、最強装備と必須アイテムを入手出来る仕様なのは素晴らしい。

ゾーマ城=竜王の城に向かいう。中の構造も殆ど変わらないため、隠し階段を見つけて地下に降りていく。途中で死を認識するシーンが出てくる。それは父親オルテガの死だ。父を乗り越えなければいけない。オルテガはキングヒドラに焼け焦げにされて意識を失っていきます。最後に息子(娘)がそこにいるにもわからず、「旅のお方、アリアハンの妻と息子によろしく伝えてくれ」と言っている。この後、祭壇の前に立つとゾーマが現れる。ここらは四連戦だ。はじめにキングヒドラとの戦いが始まる。オルテガを苦しめたキングヒドラあっさり倒される。オルテガは一人で戦っていたが、勇者パーティは4人。4人で回復・補助・攻撃を分担してやれば怖くはない。

その次のバラモスブロスです。バラモスの弟らしく、バラモスの敵討をしてくる。次に死から蘇ったバラモスのゾンビ形態バラモスゾンビが立ちはだかる。それら倒すと、ついに大魔王ゾーマと対峙する。ゾーマは基本的に戦闘パターンを理解しないと勝てない。1ターンに100以上のダメージを与えないと、自動回復されて長期戦になりジリ貧になる。そのため、光の玉は早めに使うべだ。ルカニ等の補助魔法もかなり効く。実は回復呪文のベホマでもダメージは与えられる。闇の存在なので光の魔法に弱いという仕様だそうだ。

「いてつくはどう」を攻撃が来なくてラッキーと考えられればこの戦いは勝ちだ。そうではなく補助魔法を掛け直さないといけないと言っていてはダメだ。激しい炎や凍える吹雪に耐えられるように耐性のある防具を装備しておく必要がある。そういう事前調査が必要なのである。なんでも最強の防御力に依存していてはダメなのだ。臨機応変に戦う知恵が重要である。そういうものを乗り越えた先に、大魔王の断末魔が聞こえ、城の外に次元の裂け目から出ていく。場所は勇者の盾があった場所。そこから少し歩くと空間が削ぎ落とされる。地上に出ると時空が閉じた音がし、この瞬間に元の世界に戻れないことが分かりる。

この終わった感と、もう家族に会えない感が凄くドラクエでいいと思った。突き放した感じが、正義の先みたいなものが、勇者の孤独間を表現している。実際経営者も孤独であり、仲間がいるというのと、精神的に孤独であるというのはまた違ってくる。最後の砦は自分であり、経営者は永遠に孤独だ。それは仲間を信じられないからではなく、信じているからこそ、その仲間を守るのは自分だという責任感から、孤独になる。もちろん人それぞれだと思うが、勇者が特別な力を与えられているというのは、それだけの責任がのしかかっているのだという事でもある。

長々と書いてきたが、遊びの中からでも身につくことは沢山ある。もちろん勉強から直接的に学ぶことも、経験から学ぶことも、学べないセンスのようなものも様々ある。そういったものがこれまでの人生の積み重ね=経験としてきたものが他者よりも劣るから、自分なりの答えを絶えず自問していくのが「生きる」という事なのではないかと思うようになった。

ドラゴンクエストシリーズは人生のエッセンスが詰まっている。やったことのない人は是非やってみて欲しい。きっと感じるものがあるはずだ。

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