読むという事、書くという事
衝動がきたら、その時は

 受験の時期に小説、というのは、たまたま重なったって感じです。小さい頃から本を読むのは好きでした。さらに、自分が「書くと楽になる」瞬間があった。読むだけだと、ずっと受動で、どんどん蓄積していく。あまりに受け手でいすぎると、ある意味不健康なのかな、と。

たとえば、学問という分野で自分独自の論文を書くとか、音楽を作るとか。人には、受け手でいるだけじゃ満足できず、レスポンスしたくなるものがあるんだと思います。

本日は芥川賞作家、綿矢りささんのインタービュー記事からの抜粋です。

クリエイターとしての第一歩は受動的に何かを受信し続ける事。この場合は読むという事が受動なんですが、読む事自体も自分からよんでいるので、アクティブパッシブと表現しても良いかと思い舞う。このストック的な考え方が私は非常に重要だと思います。そして、ストックは若い時こそ乱読して貯めるべきだと思います。読みたい本だけではなく、一見趣味ではない、通常読まない本もがんばって読み切ってみると、自分の中にまた違う側面が生まれてきます。

若さとは時間の概念と、感性の面で大人がもつ老いを超越した存在だと思っています。

当然経験という側面では時間的な部分で凌駕は出来ないのですが、質的に同じ24時間を使いながらもそれを上回るストックできる期間であるからです。

大人になるという事は、やりたい事をやるだけではすまされず、やりたくない事も否応無しにしなければならない訳です。(例えば税金を支払いたくないという人がいても、払わないといけませんし、社会保障費も電気代も払わないといけないのです)つまり、それだけアドバンテージがあるというこの時期に、必死に、徹底的にやれなかった自分に言い訳をしても良い事はありません。

話を戻します。ストックされた溢れ出そうな知識を使って書くという行為は、経験を上回る事もあると、彼女は証明しています。綿谷さんは受験という枷を乗り越えて、チャレンジした訳です。結果はそのチャンスを見事に活かして、二つの結果を得たという事がこの記事に書いてあります。

このストックされた記憶から書く、生み出すというクリエイトされる部分をもっと簡潔にサポート、深くITでサポート出来たらと私は考えています。若さも老いも超越したいと思います。