読み手から書(描)き手へ、私達の使命と未来

良く、あなたの会社はなんの事業をやっているんですか?と聞かれます。これは、一言で答えるのは非常に難しいことです。なぜならば、私は少なくとも30年後の未来を見ています。2045年を超えて、新しい価値を生み出し、世界に名前がそこにある、そういう未来しか私には見えていません。

しかし、これでは事業の説明になっていません。そこで、今回から少しづつお話していきます。

クロスリバは川が流れるように人が合流し、そして大きな海へと流れ行くかの如く成長することを目的にした企業です。ですので、単一サービスに終止する、ウナギの養殖のような関係のない事業領域に進出するということはありません。私達がなすべきことはたったひとつです。「人々の作りたい!を形に」する企業です。皆さんの中にある創作意欲を具現化するための企業です。

もちろん、その皆さんの中には私達クロスリバも含まれていますので、私達が見本となるコンテンツを提供していきます。イメージとしてはファミコンです。場を作り、場で遊んでもらうためにお手本ソフトを作り、そしてそこのキャラクターもブランディング化していく。

私達自信がブランド化することで、みなさんのブランディングもお手伝いしていく、テクノロジーとコミュニティの融合体だと思って下さい。その第一弾が【ficta(フィクタ)】です。いまさら、「ウェブサービスやアプリで何がテクノロジーだよ!」というツッコミはあるとして、これまで可視化してこなかった「人の思考の導線」を導き出すことが我々のやろうとしていることですので、これは一つのテクノロジーがあるから出来ていることだと思います。

これまで、プラットフォーマー側は創作は人間の力であり、事業者側は自由に活躍できる場であるべきだという論調が多かったと思います。それはそれで正しいと思いますし、実際に【できる人】であれば、それでも良かったのでしょう。

しかし、デッドコピーのような縮小再生産なコンテンツが量産され、挙句の果てに、ステマやGoogleSearchHackのための、一体誰のためのコンテンツなのかメディアプラットフォームなのかという問題が出てきました。なぜそのようなことが起こり続けるのかというと、目立たないからです。読んでくれないから安易に行動してしまうのです。

クリエイターの偉大さは、無から有を産み、そしてそれを堂々と人前にさらけ出し続けることです。それは、とても勇気のいることです。しかし、その過程の人達にはアップする勇気が必要です。それを補うのがfictaであり、私達クロスリバの使命なのです。

ただ、それだけで本当に良いのか?というとそうではありません。上記のような機能ではただのツールです。そこに必要なのは、クリエイターたちがファンやファンとなる人と繋がれる場であり、適切な評価やフィードバックを得られる場が必要でしょう。決して馴れ合いではなく、罵倒でもなく、リスペクトし合いながらも厳しく批評し合える場が本質的には必要です。適切な批判や批評というのはディベートにも繋がる重要なファクトなのです。しかし、学校教育で習っていないため、褒めるか罵倒するかどちらかにしか出来ていないというのが実際のところです、クリエイティブを評価せず、配達やパッケージの落丁で評価を下げるというのは本質的ではありません。コンテンツの評価ではなく、物流業者や販売業者の問題であり、そういった視聴者や遊ぶ側のリテラシーが低いことを嘆いている場合ではなく、教育していくこともこれからのプラットフォーマー側の責務となるでしょう。

学校が悪い、社会が悪い、そういうのは簡単です。しかし、私たちにできることは本当に無いのでしょうか?そんなことはありませんね。小さくても、大きなうねりを生み出すことはきっとできるはず。それを行っていくのも私達クロスリバの役目だと私は感じています。

少なくとも、そこが出来なければ、小さな子どものように、肯定か否定かしか選択できない大人が量産されている現状を改善できないでしょう。少なくとも、高度にトレーニングを積んだ子どもたちは、なぜそれが良いのかを論述できる力を持ちます。それはスポーツだろうが、美術だろうが、文学だろうが同じなのです。

以上を踏まえて、ficta(フィクタ)が何を成し遂げるためのサーヴィスなのかを一文で表してみました。

「クリエーターがエンドユーザーとコミュニティを作りながら、創作できるプラットフォーム」

現時点ではこれが一番しっくり来るように思えます。私事ながら、私も37歳を迎え、40歳という人生の折り返し地点が見えてきました。これを神話の法則的に言えば、第2幕第6節「試練・仲間・敵対者」といえると思います。セントラルクライシスが目前に迫る中、6節の中間地点におり、次の7節「最も危険な処への接近」が始まろうとしているわけです。(詳細はこちら GIGAZINE: 「映画や小説のストーリーは全て同じルールに従っている」理論

私は、何かを成し遂げるために生きてきた実感はこれまでありませんでした。すべては人任せの人生だったように思えます。しかし、33歳で初めて、会社を作り、34歳で正式に独立し、36歳でプロダクトを作り、今日ここに立っています。意志の力はすごいなと、本当に思うのですが、こんな私でもちょっとやれば仲間と一緒にやれるのだと少しだけ驚いています。それまでは、何かの利害関係があってしかProjectは成し遂げられなかったのですが、みなさん、私に行動理念を聞いてくる。志なんて存在していないと思いこんでいましたが、そんなことはなかったと改めて実感しています。

遅ればせながら37歳になり、ほんとうの意味で意志の力が出てきたのかなと思っています。経営はスポーツとは違い、フルオープンで全世代平等にあらゆる種目で戦う、究極の勝負事です。そこに言い訳は存在しません。結果が全てです。ですので、20代で頑張れなかったからと諦めずに30代でも40代でもチャレンジしてみることが大事です。その時は謙虚に生きるべきだと思いました。すべての人は対等です。お互いをお互いがリスペクトしあって生きていく必要があります。

そして、エンタテイメントも芸術も経営と同じく年齢に比例も反比例もしません。努力とセンスの結晶です。言い訳が効かない世界です。だからこそ適切に評価し合える世界が来るべきだと私は思っています。始めるのに言い訳は要らないのです。私は、今一歩はじめられないあなたを支えたいと思ってこのサーヴィスをはじめています。そして、それを引っ張るのがクロスリバという会社の役目でもあります。

言い訳できない世界だからこそ、支援し合える世界ができるように努力していくのが使命だと感じております。その為には、私達のオリジナルコンテンツが充実していかないと駄目ですし、素材もたくさん必要です。恣意的な人間の評価もクリエイティビティを下げるためAIのサポートも必要です。

やるべきことは本当にたくさんあって、どこから手を付けるとユーザーは喜ぶのだろうかと、声なき声をどう拾うのか考えています。ですので、率直な意見を頂ければ幸いです。

引き続き、皆様のご支援とご鞭撻の程、どうぞよろしくお願い申し上げます。

Tags: