イノベーションは「デザインする」ことから始まる

近年あらゆるものが美しくシンプルに作られるようになってきた。様々なプロダクトが米Appleのデザインセンスを模倣しているようだ。華美に装飾された物が減り、Appleを通して日本の禅の心が回帰的にプロダクトへ反映されるようになったのは良いことだと私は思う。しかし、見かけだけを模倣するデザインは逆に危険である。

■見た目9割は本当だった

メラビアンの法則で知られるようになった視覚情報の重要性だが、科学的にも証明されている。実際9割が視覚情報から判断をしているという。人間は、外部からインプットされる情報が最低でも1100万bit/秒、脳に電気信号として送信されている。最低でも内1000万bitが視覚情報だ。90%が視覚情報から得たものである。やはり、人間は瞬間的に視覚によって判断している。

つまり、視覚デザインの中にキチンと伝えたいコンテキスト(文脈)が含まれているかが重要だ。だが、実際にはかっこいいデザインという記号化されたものだけで満足してはいないだろうか? かっこいいことがあなたの会社を表しているのか、もう一度チェックして見る必要がある。

ありがちなのが、かっこいいロゴをデザイン事務所に依頼し、ロゴだけに意味を詰め込む行為。そこから先の自分が伝えたいこと、自社が構築したい世界観を表現出来ていない会社が非常に多いのではないか。

つまり「我が社もAppleの様なシンプルで美しい製品群を作っていきます!」などと言っていてはダメである。あなたの会社はAppleではないのだから。ソニーや任天堂がどうして世界を席巻できたのかを考えてみて欲しい。それは単純に、ソニーや任天堂が自社の世界観を、デザインを通して伝えていたからに他ならない。100年続くような企業は、確実に世界観を伝え生き残っている。

■局所最適化という愚策

なぜこんな話をしているかというと、最近献本頂いたウジトモコさんの「問題解決のあたらしい武器になる視覚マーケティング戦略」にインスパイアされたからだ。

この書籍は日本の中小企業の経営者や自治体の関係者等、ブランディングがイマイチできていない人向けのものである。ブランディングがなぜ出来ないのかというと、局所最適化されすぎて、全体最適化がなされていないことに尽きる。つまり、徹底したデザインのそぎ落としが出来ていない。

そもそもデザインとは広義の設計を指している。設計する際、どこから決めるのだろうか。通常はなぜそれが必要で、どういう人や場所で使うかなどを想定してから形を決めていく。つまり、理由付けを先にしているはず。その理由付けこそがデザインの本質ではないだろうか。図面を引くことだけが設計ではない。計画すること自体が設計の始まりであり、デザインとはそこの最初なのだ。アリストテレス的に言えば根源(ウーシア)を規定することだ。

■デザインし未来をコントロールする

同時並行で読んでいたペイパルの創業者であるピーター・ティールの「ゼロ・トゥ・ワン」でもデザインの重要性が語られている。そして、デザインは長期計画であると語っている。最近流行りのリーンについて否定し、MVP(最小限のプロダクト)を生み出すことに否定的だ。これは私の考えにも合致する。最初に生み出すものは、大胆な世界観と野心を持つことが重要だ。ピーター・ティールは、インテリジェント・デザイン(※1)が重要だと語っている。すべての流れをデザインすることでコントロールできるという話である。

壮大な計画を元に、盛り込み、そぎ落とし、完璧なまでの追求によってプロダクトを創造する姿勢こそが正しい。もちろんスピード感をもって。だからこそ、デザインする事に妥協は無い。妥協したものが単発で成功はしても、最終的な未来を勝ち取ったのかというと、どうだろうか。今目立ちたいだけならばそれでも良いと思う。今売れるもの、今目立つもの。華美に装飾されたり、今流行のものをそのまま取り入れるという行為は、短期的な視点での最適化である。もちろん、今売上を作らないといけない場合は仕方ない。しかし、イノベーティブな現象は生まれない。

つまり、デザインするという事は長期的な視野において、自らを表現できるものを設計すると言うことに他ならない。もし、ブランディングが上手く行っていないな、デザインがイマイチだなと思っている場合は、この「問題解決のあたらしい武器になる視覚マーケティング戦略」を手にとってみてはいかがだろうか。